トピックス


2015カザフスタン・アスタナ世界柔道選手権大会レポート(報告書)

報告者:江上忠孝

1.開催期間
平成27年8月24日(月)〜30日(日)
2.開催場所
カザフスタン共和国 首都:アスタナ市
3.出場選手
+100s級 七戸 龍(東京支社 総括グループ)
4.応 援 者
九州電力柔道部監督 江上 忠孝(記)
5.結   果
【個人】 銀メダル(3年連続出場、2年連続銀メダル)
 決 勝 七戸  優勢勝ち ○リネール   (フランス)ランキング1位
              ※リネールは前人未到の7連覇達成。
 準決勝 七戸 ○横四方固  オクルアシビリ(グルジア)ランキング8位
 4回戦 七戸 ○大外刈   ハンモ    (ウクライナ)
 3回戦 七戸 ○優勢勝ち  アレルス   (オーストリア)
 2回戦 七戸 ○優勢勝ち  モウラ    (ブラジル)ランキング12位
 
【団体】 金メダル(3年連続出場、2年連続金メダル)
・残念ながら七戸の出場機会は無かったが、チームは優勝。その後、七戸はチーム主将として表彰台に上り、優勝の喜びをチームメートと分かち合う。

6.大会レポート

(1) 2015世界選手権への応援者決定
 7月中旬頃、柔道部幹部会合により2015世界柔道への応援者を1名派遣することを決定。
 人選は柔道部副部長他で選考し、最終的に柔道部監督である私が派遣されることとなった。
 実は…九電は8月に定期異動時期があり、私もちょうど転勤だったため、担当業務の引継ぎなど、机上整理がつかないまま、バタバタと海外出国への準備を整えることとなった。
(2) カザフスタン共和国とは・・・(福岡市内の書店にカザフ関連の地球の歩き方がない?!)
 カザフスタンはユーラシア大陸の中央に位置し、東には3,000m級のアルタイ山脈、西にはカスピ海、北には西シベリア・ステップ、南にはクズルクム砂漠と天山山脈の支脈を有する共和制国家である。
 広大な大地には古来よりサカ族、フン族、テュルク系諸族、モンゴル族等多くの民族が混淆した。旧ソ連時代に行われた強制移住政策の結果、今日ではカザフ人(約65%)、ロシア人(約22%)、ウズベク人(約3%)、ウクライナ人(約2%)、ウイグル人(約1%)をはじめ多くの民族が暮らす多民族国家となった。
 国土面積は日本の7倍。世界第9位の広さを誇る。14の州と2つの特別都市(首都アスタナ、旧都市アルマティ)、また、ロシアが租借※しているバイコヌール宇宙基地に分けられる。
※ 租借とは外国の領土の中のある地域を借りて、一定の期間、統治すること。
※ 通貨はテンゲ(2015年4月現在1ドル=約185テンゲ)
※ 人口は約1740万人、面積は2,724,900ku、言語はカザフ語
(3) 首都アスタナ略史
 古来よりユーラシア北部地域と南部のシルクロードを結ぶ中継拠点であった「アクモラ(現アスタナ)」は、19世紀前半になるとロシア帝国によりアクモラ砦が建設され、これにより通商・交易路の安全の確保とともに、ロシア農民のカザフ・ステップへの進出が促進された。
 1991年に独立を果たしたカザフスタン共和国は、1997年12月10日に大統領により南のアルマティより、北部のアスタナへ首都が移転された。首都移転の理由は公式に説明されていないが、以下の理由と考えられる。
  1. 大地震発生の危険性があるアルマティ(旧首都)から地震の発生しない地域アスタナ(現首都)に首都機能を移す必要があったこと。
  2. ロシア系住民が多く居住しているカザフスタン北部の分離独立運動を予防する必要があったこと。
  3. アルマティ(旧首都)は中国国境に近すぎること。
以上の1〜を踏まえ、国土のほぼ中心であるアスタナが選ばれたと言われている。
(4) アスタナの産業、気候、治安
 1997年の首都移転時は約27万人であったが、国営石油ガス企業「カズムナイガス」や国営原子力企業「カズアトムプロム」等の大企業も本社をアスタナ市に移転する等があり、現在のアスタナ市の人口は約85.3万人と増加している。
 2017年には万博も開催予定であり、空港から市内に向かう敷地及びイムシ川左岸を中心に建設ラッシュが続いている。
気候は大陸性で、天候の変化が激しく大気は常に乾燥している。強い北西風が吹き、一年の半分以上は氷点下で雪に覆われる。冬季は寒波により気温がマイナス30度以下になることも珍しくない。特に1月、2月の厳寒期にはマイナス40度以下にまで達することもあり、この時期の徒歩での屋外移動は困難である。
治安は2011年に国内で爆発事件が数件発生したが、現在は安定している。2012年以後の現在に至るまでテロ事件の発生はないが、イスラム国に戦闘員として参加していたカザフ人が帰還しており、国内でテロを起こすとの懸念があるとのこと。日本外務省では日本人の渡航に際し、ネット上で「十分注意してください」と国内全土に発出している。
(5) 日本とカザフスタン・アスタナの関係
 1998年に新首都設計国際コンペがアスタナで開催され、日本人の建築家である故・黒川紀章氏が優勝した。その後、黒川氏が作成したアスタナ首都建設マスタープランがカザフ政府に承認され、現在は同プランに基づき、人口の増加に合わせて修正が加えられながら首都建設が進められている。ちなみに2005年3月にオープンしたアスタナ国際空港新ターミナルも黒川氏のデザインである。また、円借款によりアスタナ上下水道整備プロジェクトを実施し、アスタナ市の生活環境改善に貢献している。
現在、アスタナに長期滞在している日本人は約70名と多くはないが、近年の両国経済関係の促進及び豊富な鉱物資源を背景に、日本人ビジネスマン等の出張者が増加している。
(6) いよいよ福岡国際空港からの出発
 今回の行程は5泊7日の旅である。福岡→中国・大連(入国)約6時間→中国・北京(出国)約6時間→カザフスタン・アスタナ(約6時間)…福岡から約18時間かけてアスタナに到着した。福岡国際空港では前日に出発予定の−81s級代表の永瀬選手親族らと一緒となり、3名で中国へ向け出発する。また、途中、北京国際空港では近畿日本ツーリストが手配した現地ガイトいないなど一部トラブルもあったが、北京で合流した+78s級代表山部選手のご両親及び高校時代の恩師(私と同級生で、現旭川大付属高校の村瀬先生)ら3名と合流し、合わせて5名で最終目的地アスタナまで移動することとなる。
(7) アスタナ国際空港到着は朝6時
 移動の飛行機では不安と緊張のあまり一睡もできず、時差ぼけでのカザフスタン入国となる。
 入国審査も中国に比べてカザフ国はゆるい。逆に中国は厳しく数日前に発生した大爆発事件の影響もあり、携帯用の充電器を没収されるハプニング(日本選手団)もあったようだ。
 ともあれ、現地ホテル「ホテル・ドゥマン★★★★」に到着し、諸手続きを行った後、部屋で長旅の疲れを取るためシャワーを浴び、Wベットの上で大の字になる。ホテルはアーリーチェックインで予約されていたため、ホテルで朝食後、スムーズにチェックイン時間前倒しで入室することができた。しばらく休んでから、大学時代の同級生である村瀬先生と行動を伴にすることとなる。ちなみに到着日は永瀬選手の試合当日であったため、永瀬さんは休むことなく試合会場へ移動となる。
(8) 日本選手団練習会場を訪問
 村瀬先生と私は、日本選手団が10時からアップする練習会場へタクシーで移動。
 日本選手団の練習会場は、私たちのホテルから車で約15分の位置にある。私は七戸、村瀬先生は山部選手の調子を観察する。
 男子重量級の担当コーチは鈴木桂治先生である。鈴木コーチに挨拶を済ませ、道場の脇にある木製の長いすに座り、全日本男女代表選手のアップ練習を約2時間観察する。
 アップ練習時に一つ感じたことがある。それは、私も以前、世界選手権ではないが日本代表で国際大会に出場した経験がある。その時代の代表コーチは、大体腕組みし「やれ〜、いけ〜」程度であったが、現在の代表コーチは以前とはぜんぜん違う。その違いはコーチ自らが選手の乱取り相手となったり、投げ込み相手になったりと、代表選手以上に汗をかいている。
日本では見ることのできない豪華な代表選手・コーチの練習風景。特筆すべきは、鈴木コーチの乱取り練習だった。1本目は+100s級代表の王子谷選手と約30分、その後、休むことなく、七戸との約30分間の乱取り、そして、ラストは−100s級代表の羽賀選手と約30分間の乱取りと...合計で1時間30分を行う光景を目にした。凄まじい調整練習だ。日本を代表する重量級3名と息つく間もなく胸を貸し続ける鈴木コーチの姿勢に感動した。
現代表コーチは言葉よりも実践で選手たちとコミュニケーションを取っている。その姿からは強い日本柔道復活にかける代表コーチの情熱が見える。
福岡からアスタナまで大変な道のりであったが、この鈴木コーチの代表選手との接し方・姿勢などを見れたことは、大変素晴らしい経験となった。
(9)大会6日目+100s級七戸龍出陣!
 前日5日目は男子+90s級ベイカー選手が銅メダル。女子は梅木選手が金メダル獲得。世界選手権初日から5日目まで日本選手がメダルを取らない日はないという絶好調の日本柔道。試合会場でも知り合いの外国人選手やコーチからも今年の日本チームは強いとの話を頂けた。
 さて、本題の七戸登場である。この日に備え東京で働きながら練習を積み重ねてきたリネール対策。本番の大舞台で試すことができるか、いやいや、世界選手権はリネールだけでなく一回戦から強者揃いだから、一瞬の気の緩みが命取りとなる。七戸本人には練習会場、試合会場でも声をかけたが、適度な緊張感と集中力が見受けられ、本人の口からも「調子は良いです!」との返事が返ってきたので安心して試合を観戦することができた。
 試合は一回戦からブラジル代表の強豪、モウラ選手との一戦。フルタイムで試合を行ったものの全体的に相手選手を圧倒し、二回戦に進む。二回戦の相手選手はオーストリアの新鋭、アレルストルファー選手。終始圧倒し攻め勝ちするもフルタイムまで縺れ込んだ一戦。勝利したものの、まだまだ七戸本来の動きではない。七戸の体格を活かした足技中心の攻めがまだ出来ていない状況であった。若干、動きが硬いような様子。無理もない。昨年準優勝でも、決勝戦では絶対王者リネールから有効に近い大内刈で横転させている。この事実からもマスコミも含めて、日本柔道首脳陣の期待も大きい。このことからも七戸は必ず決勝戦に行くことがまず最低限のミッションでもある。また、その決勝の舞台でリネールとどのような試合をするのか?まさにこの一点のミッションが七戸の肩に重圧として圧し掛かる。
 続く三回戦はウクライナ代表のハンモ選手との対戦。七戸は初戦、二回戦と少し組み手に慎重になり過ぎて動きが硬かったが、三回戦のハンモ選手からは試合開始から動きが滑らかで、早々に組み勝ち、右手で引き付け、そこから一気に右大外刈で一本勝ち。会場から「おぉ〜」と歓声が上がる。試合会場のオーロラビジョンにスローモーションで投げるシーンが映し出されると、外国人が「ビューティフル」と何度も連呼し拍手していた。
 続く準決勝の相手は、グルジアの強敵オクルアシビリ(世界ランキング8位)。こちらは時間ギリギリの4分30秒まで戦い、最後は根負けして場外付近でオクルアシビリ選手の足がもつれ横転したところを逃さず押さえ込み一本勝ち。いよいよ、逆パートからオール1本勝ちで勝ち上がった絶対王者リネールとの対戦が確定する。現地時間14時頃までに予選終了。決勝戦は3つあった試合会場の真ん中第2試合場で16時頃から開始。


(10) 絶対王者リネール(前人未到の世界7連覇達成)
 試合は5分間フルに戦った形だが、その内容はリネールの力と戦術に圧倒された形となった。七戸自身もリネールとは同じ右利き同士の相四つ。ガップリ四つに持ちたいところだが、力に勝るリネールの腕力で釣り手の位置を腹の位置まで下げられる展開。何度も奥襟、鎖骨辺りの組み手ポジションを狙うが、リネールの腕力により持つことが出来ない。七戸の組み手は最終的には両袖を握るパターンとなる。体格に勝るリネールはその後、奇襲技である「隅返し」で七戸を2度横転させ「技あり」、「有効」を奪い、タイムアップとなった。
試合終了直後に七戸はマスコミの取材に対し「全然、自分が練習してきたことが出せなかった」とコメントしている。第三者的に見て、残念ながら今回の試合はリネールのワンサイドゲームとなってしまった。しかしながら、七戸は一回戦から決勝までの同階級の選手層を見て、リネール以外には負けない力が備わってきた感がある。本大会での敗戦を糧として、来年のオリンピックでは秘策完成(組手&新技)させ、是非とも感動の金メダルを獲得して頂きたい。
(11) 最後に
 2015アスタナ世界柔道選手権大会は終わってみれば、日本チームはほぼ全階級でメダルを獲得し、全日本柔道連盟副会長の山下先生もマスコミの取材に対し、「でき過ぎ。オリンピックでは全階級金メダルを狙える!」との力強い言葉を発信されました。私も実際に世界選手権を生で見させていただき、今の世界レベルと日本レベルを両方見ることが出来ました。国際ルールは日替わり弁当のように毎年変わりますが、そんな中で日本代表は新ルールにも柔軟に適合し、きちんと二本もって投げる柔道を体現しました。強い日本柔道が帰ってきたという印象です。
 しかしながら、井上全日本男子監督が試合後マスコミを通じて、発信された言葉の中で特に注視しなければならない発言がありました。その言葉は大きく二つあり、一つ目は「油断すれば落ちるのは一瞬」、二つ目は「次のオリンピックでは間違いなく日本は世界から研究される」などです。来年の8月が本番です。4年に1度の夢舞台。誰がその栄誉を勝ち取るのか....。
 まずは、本年12月のグランドスラム東京。次に4月の全日本選抜体重別、全日本選手権の3つの大会で、すべての階級の日本代表が決定します。一番オリンピックに出たい。そして、金メダルを取りたいと強く、誰よりもその思いを大会当日、いや試合直前まで持ち続けた選手の頭上にオリンピック代表の1枠は輝くはずです。
 最後に、本大会への応援者派遣にあたり、支援して頂いた柔道部関係者の皆さま方に深く感謝申し上げまして、私のレポート締めとさせていただきます。ありがとうございました。


以 上